Je suis Charlie①

私はチャーリーです

表現の自由とカリカチュア

1月7日現地時間11時半頃のパリにて、17名が死亡、負傷者多数というテロが発生しました。これは、1995年にRER B線のSaint Michel駅で発生したテロ事件以来の大規模なテロ事件だったのですが、今回ターゲットとなったCharlie Hebdoは、カリカチュアで知られる左派よりのフランスの週刊新聞です。

Charlieはフランス人の名前、HebdoとはHebdomadaireの略で、”週1回の”という意味です。そしてこの2つの言葉を組み合わせた”Charlie Hebdo”が新聞の名前になっています。
今回のテロ事件発生後、世界中が「Je suis Charlie」というフレーズと共にフランスをサポートしていますが、いったいこのフレーズの本当の意味は何でしょうか。
その真意にはフランスの文化や歴史が絡んでいるので、その辺を簡単に見ていきましょう。

今回このCharlie Hebdoはフランス人がとても大切にしている”表現の自由”という思想が原因で攻撃を受けました。この”表現の自由”により掲載された、”Caricatures”= カリカチュア(風刺画・戯画)が今回のテロ事件の根源なのですが、この”Caricature”は古くからフランス人にとっては、とても重要な意味を持つもので、またフランスの特徴的文化でもあります。
以下のカリカチュアをご覧ください。
フランスの風刺画
貴族と牧師を背に苦しむ一般市民を描いた1789年のカリカチュアです。
高額な税金を支払いながら、毎日を必死に生きている市民と、市民からの税金で多くの利益を手に入れていた貴族や牧師を表しています。

ナポレオンの風刺画
イギリス大統領とナポレオンが世界を共有している様子を描いた1805年のカリカチュアです。
当時のフランスとイギリスは非常に勢力があったようなので、そういった状況からこのようなカリカチュアが描かれたのでしょう。

一般的にカリカチュアは無礼で侮辱的な印象を与えかねません。ユーモアや皮肉を盛り込んで言いたいことを主張します。しかしその目的は人を不愉快にすることではなく、根源の問題を非難することなのです。また、意図的に人々にショックを与え、その問題を真剣に考えさせるという目的もあります。
このカリカチュアが”表現の自由”に繋がるわけなのですが、フランスはこの点で非常に自由であり、これほどまでに表現の自由を尊重している国はヨーロッパ諸国のみならず、全世界でもフランスだけではないでしょうか。
この”表現の自由”についは1789年の【人間と市民の権利の宣言】( Déclaration des Droits de l’homme et du Citoyen) によって採択されたもので、以降フランス人は多くのカリカチュアや寓話(擬人化した動物などを主人公に、教訓や風刺を織りこんだ物語)を盛り込んで批判や批評をしてきました。
つまり、このカリカチュアはフランスの歴史に根付いたもので、非常に奥の深いものなのです。
今回Charlie Hebdoのカリカチュアが原因で、テロ事件が発生しました。
しかしCharlie Hebdoはフランス人がフランス人として当然の権利を行使したまでのこと。

Je suis Charlie = 私はチャーリーです

つまり、人々は”表現の自由”に賛同し、殺害された5人のジャーナリストのみならず、世界中には何千ものCharlieが存在することを意味しています。

ここでフランスの有名な作家Voltaireのフレーズを紹介したいと思います。
【Je ne suis pas d’accord avec ce que vous dites, mais je me battrai jusqu’à la mort pour que vous ayez le droit de le dire 】
私はあなたの意見には同意はしないが、あなたにその意見を発言させるためならば、死ぬまで戦う覚悟だ。

この言葉から分かるように、フランス人にとってカリカチュアは、その歴史的背景から見ても、非常に重要なものなのです。

1 Comment on Je suis Charlie①

  1. 興味深いですね。

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